サイパン旅行記−その1

2001年4月30日〜5月3日
4日間
宿泊先;サイパン・グランドホテル


もう7年も前の事なので、記憶もはっきりしないが、低機能(当時はまぁ高機能?)デジカメの粗い画像とアナログ写真を元に、記憶を掘り下げてみる・・・

2001年4月30日
出発〜到着

まだセントレア/中部国際空港完成前なので、このときは名古屋空港(小牧)から飛んだ。
画像を見ると、JAL機だ。GW特別チャーター便だったのかもしれない。懐かしい「リゾッチャJAL」だ。

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どうやら夜、日本を飛び立っている。現在のNWと同じくらいの時間帯だろうか。現地サイパン到着は深夜〜未明という感じだったろうか。

グランドホテルに到着したときは、フロントでのチェックインの人以外、ひっそりと静まり返っていた記憶があり、やはり深夜〜未明の到着だったんだよな。という記憶。
部屋は、グランドホテルのエメラルドタワーで、フロントからかなり奥の方に進んでいって、これまた夜は寂しいエレベーターホールを通過し、部屋に入った記憶がある。
明日の天気に期待し、すぐに寝たんでしょう。


2001年5月1日
ホテルのプールでのんびり&お買い物?〜HRC SAIPAN

一夜明け、部屋の窓から外を見ると、南国の太陽に青い海・青い空。生まれて初めての南国リゾート気分を存分に味わった。目の前にプールが見える。まずはあそこでのんびりくつろごうということに。

ホテル内レストランの朝食の時間は過ぎていたので、お昼までプールで過ごした・・・んじゃなかったかな。

南国の紫外線を浴びた後、着替えを済ませてランチをホテル内のレストランでいただき、その後はガラパンのDFSにお土産・免税買い物の物色に出かけたんじゃなかったかな。

このころ既に、HARD ROCK CAFE行きまくり大会を勝手にやっていたので、サイパンにもHRCがあるなら行っておかないとね。ってことで、行ったんだ。
んで、入るなり店員が「日本人はこっちだ」と言わんばかりに、なんだか面白くないテーブルに連れて行こうとしたので、たまたま店に大勢居座っていた米軍の軍人さんたちの近くの方が楽しいんじゃないかと思って、テーブルを指定したんだよ。うん。
そのときのことですごく記憶に残っているのは、バーカウンターに米軍軍人が大勢座っていらっしゃって、皆さんいい気分に酔って騒いでいたんだな。その中で1人、40代か50代か、少々歳をめした方が若い兵隊さん相手に、なにやら真剣に話をしている。
「いいか、これからの米軍軍人たるものはなぁ・・・」と、日本の宴会でも良く見かける光景に見えて、「ああ、どこの国も同じなんだなぁ」ってことを感じたんだ。
HRCサイパンの料理は日本と比べて全く変わらずに、どこに行っても同じだな〜〜これがいいんだけどね。なんて思ったものだ。

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2001年5月2日
ボートシュノーケリング&マニャガハ島

この日は現地オプショナルツアーに申し込んで、マニャガハ島近くにボートシュノーケリングに出かけた。水中写真なんてものがないので、全ては脳裏に焼きついた記憶のみ。

ゲストは俺たち2人だけだったような記憶。水深5mくらいだったかな。サンゴ礁とそこに集まる魚影がものすごく綺麗なところだった。場所的にはマニャガハ島より少し南辺りだったかな。本島の桟橋からボート10分足らずで着いたと記憶している。
この頃はまだスキンダイブそのものの経験も少なく、自信もさほどなかったので、ライフジャケットを着たまま水面でぷかぷかしていただけだった。でも、ガイドさんたちはジャケットなしですいすい潜っていて、すごいなぁ〜〜あんなふうに潜りたいなぁ〜〜なんて思っていた。

お昼前にシュノーケリングを終え、そのままその足でマニャガハ島行きの午前最終便に乗って島に渡った。ランチはマニャガハ島で何かランチボックスのようなものを食べた記憶があるが、味のほうはまぁこんなもんかな。という感じだった。
食後はビーチでのんびりしたり、マニャガハ島内の散策、シュノーケリングでナマコウォッチをして過ごした。

この日のディナーはどうしたっけな・・・覚えてないなぁ

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2001年5月3日
ヒストリカルツアー&DFS/HRC&帰国?

写真を見る限り、この日にヒストリカルツアーと帰国とを同時にやっているように思われた。現在の名古屋NW帰国便は、サイパン早朝発だが、写真を見ると夜、暗くなった時間帯にサイパン空港の待合室に居た模様。

夜、帰国となると日中はさほど時間はなかったのだろう。ヒストリカルツアーには午前中に参加し、お昼はまたDFS/HRCに行ったはず。

ヒストリカルツアー

今もなお、このヒストリカルツアーのガイドをなさっているという、名物おじさんが案内してくれた。

地図と写真と記憶を頼りに、行ったところを思い出してみる。

★砂糖王公園近辺
まずはガラパンから程近い、砂糖王公園・刑務所跡・機関車などを見学。

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★南部のビーチ(どこかな?)
日本軍のトーチカが残っているというビーチに行った。そのビーチではダイバーの姿があり、「スキューバダイビングって楽しそうだな・・・」って思った記憶がある。

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★空港近くの戦跡
旧日本軍の武器庫や防空壕などを見学。当時の建築技術・製鉄/製造技術の高さに感銘した記憶がある。

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★野砲連隊最後の地
対戦車砲か高射砲か、当時の野砲が残されている慰霊場所のようなところに行った。記帳のノートが置いてあったので、慰霊と共に住所氏名などを記帳した。その後お盆になったら、その慰霊碑を管理している方から暑中見舞いのハガキが届き、感動した。

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★サイパン植物園
園内に入った記憶はないが、外から眺めただけだったかな?もしかしたら動物園だったのかもしれない。GWの頃は、サイパン全域で火炎樹木が真っ赤に咲き誇るいい季節で、非常に美しかったという記憶が残っている。

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★タポチョ山頂
サイパン島最高海抜地点である、タポチョ山頂に行った。中国人観光客とバッティングし、彼らの自分勝手な行動に興醒めした記憶がある。
遠くにテニアン島が見え、あそこから原爆搭載機・大空襲機のB29が多数、日本に向けて飛んだのだ。という歴史を思い出し、実際にこの眼で見るのと、ただ話を聞くのではずいぶんと印象が違うものだと感じた。いつかあの島にも行ってみたいと思っていた。(3度目の旅行で実現)

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★ガラパン:DFSへ。
お昼には飽きもせずHRCでランチを取った。最終日ということで、お土産・買い物を済ませ、夕方近くには帰国準備のためにホテルに戻ったはず。

そして、サイパン国際空港〜名古屋空港へと戻り、帰宅した。

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